1)展示作家との会談、作品制作コラボレーションを基軸に作り上げる映像配信とクリエーターの制作現場を訪れての取材。クリエーターはリレー形式でつなぎ、輪を広めていく。
2)クリエーターをスタジオにお招きしてのライブ配信・ゲストとのライブチャットも可能。
1)展示作家との会談、作品制作コラボレーションを基軸に作り上げる映像配信とクリエーターの制作現場を訪れての取材。クリエーターはリレー形式でつなぎ、輪を広めていく。
2)クリエーターをスタジオにお招きしてのライブ配信・ゲストとのライブチャットも可能。
1958年横浜生まれ。
自身の身体を使った写真表現を行う写真家。 東京綜合写真専門学校講師。 経歴-1958神奈川県生まれ、 1985東京綜合写真専門学校研究科卒業、 1989年 自主ギャラリーPAX Gallery設立に参加。1989年FROG(Film ROund Gallery)設立に参加。
1985年PAX Galleryで「とにカクやぁーだもんね!」個展から始まり、ほぼ毎年開催される個展や数多くのグループ展に積極的に参加している。
●「ちくわ」との出会い
日ノ出町のスーパーマーケット「食品館あおば」の商品出入り口で私たちは奥に入っていった中年男性を待っていました。そして数十秒後、奥から戻ってきた男性は私に名刺を差し出します。そうです、日本社会では名刺を渡されたら名刺を返す、これが一般常識なのです。
名刺には「食品館あおば 関内駅前店 店長」と書かれています。そして男性の口から出された言葉は「お客様の邪魔になりませんか?」という問いかけです。そうです、お客様は神様なのです。もちろん、こちらは絶対客に迷惑をかけたりするわけがありません。むしろ「ちくわ」を購入するお客様でもあるわけです。
これをお読みの方は関内にお出かけの祭は是非「食品館あおば」に立ち寄りましょう。この店は絶対に良い店です。人に優しい店は商品に対しても優しい配慮が成される店です。事務的に対応する日ノ出町スーパーとは大違いです。日ノ出町の人も、お隣の駅まで歩いて行くときっと良い事がありますよ!
話はちょっとずれましたが、いよいよ後藤さんのインスタレーションとも言うべき作品制作に取りかかれます。そして、カメラを回す時が来たのです。「食品館あおば」は地下にあり、一階には別の複数店舗が入っています。本当はビルの入り口から入る所を繋ぎたいのですが、取りあえず「入り口はエスカレーターでしょう」。と言う事で、エスカレーターを降りる所から儀式とも言える「ちくわ」購入がはじまります。エスカレーターを降りていく後藤さん、カメラを持って後を追う私。外からは何だと思われるでしょう。不思議な光景です。
昨今、プライバシーの保護が厳しく叫ばれる時代です。店内ではなるべく他のお客様が映り込まないような配慮も必要になります。人をよけながら、さけながらカメラを持ちつつ後藤さんの動きを追っていきます。店内を一回りして後藤さんはおでん種売り場の前で立ち止まります。そして棚に並べられた「ちくわ」の前に立ち止まります。「ちくわ」は棚に数種類、数十本がつまれています。その中から後藤さんに呼びかけてくる「ちくわ」が現れるまで待つのです。
棚にはビニールに包まれた大小の「ちくわ」があり、そこから一本ずつ手にとってみて、何も話しかけてくれない「ちくわ」は丁寧に棚に戻します。後藤さんと同期する「ちくわ」が現れないまま棚の前に正座し頭を垂れる後藤さん、数分が過ぎました。と、突然一本の「ちくわ」が後藤さんの手の中に飛び込んできました。そして、後藤さんは「ちくわ」と手を取り合い、他の「ちくわ」達に向かい礼をしてレジを抜け、店の外に出て行きます。
後藤さんにとって写真は常に「記念写真」だと言う事です。自分が子供の時代に写真を撮るという事は特別の事だったと語ります。「歴史的に写真は本来ハレ(儀礼や祭り等の非日常)の日に撮る物で、最近のようにケ(普段の生活、日常)を撮る物ではありません。私はケには興味がないんです」と言うのです。そして、今この瞬間、食品館あおばの「ちくわ」と後藤さんは特別な出会いのあった時なのです。
「ちくわ」と後藤さんのセルフポートレイトは、撮影された「ちくわ」達と彼とのある意味群像でもあると言えると思います。後藤さんと「ちくわ」とのはじめての出会いの時、何気なく購入したちくわを家に持ち帰り、ちくわと相対している中で、彼は頭で判断する事を止めた瞬間、目の前にある「ちくわ」という個体が「ちくわ」という名前との遊離をはじめ、彼の言葉では「全てがどろどろに溶けた。「いったい目の前にあるこの物体は何だろうか」と考える間もなく「ちくわ」は彼の口にくわえられる事を欲し、私は答えるように「ちくわ」を口にした。と言っています。そう、その瞬間こそ日常ではないハレの日、ハレの時であり、ハレの日に必要な記念写真を撮影する後藤さんの自然な行為として記念撮影が始まったのです。
食品館あおばで出会った「ちくわ」とは、その後関内にあるZAIMへ向かう事になります。それも、「ちくわ」に導かれていったのです。いや、過去からそう決められていたかのように。元々桜木町で取材するはずだった撮影は、自然に関内へ、そしてZAIMへと向かわされたのです。そこには大きな意味があったのです。
記念撮影された「ちくわ」はその後、埋葬されるかミイラとして保存されます。ミイラ化はしっかり保存処理をなされ、15年間そのままの状態で自宅に保管されてあったそうです。そのミイラ化した「ちくわ」の三回目のご開帳が一昨年の春、ZAIM別館4階であったそうなのです。もちろんそんな事を私は知るよしもありません。この時にはじめてその事実を知ったのです。そして、その場で一周年の記念に撮影をしたいという事になりました。「ちくわ」の導く力は偉大です。

キャラクター制作・デザイン・グラフィックアートを扱い、特にペ イントアートには定評がありペンタブレットの株式会社WACOMで も紹介され、 Painterで有名なカナダCOREL株式会社サイトでは Painter Masterとして登録されています。
※フリーランス、aiD'en会員、Digital Image 会員、デジタルハリウッド講師、韓国KIDP客員教授