
ひとは、奇妙で不可解な経験を何度も何度も繰り返すと、「今」この瞬間というもっとも肝心なコンセプトを、どのように定義付ければよいのか分からなくなる。
はたして、これまで文中で記してきた「今」と、この文章をつま弾いている「今」とは、同じではなかったのか?
と・・・・・・
かつて、多くの若者たちは、「過去でも未来でもなく、今、この瞬間のみを!」と、戦後間もない50年代に叫んだ。それは、いまで云う“ビート世代”の若者たちだけではない。映画や音楽の世界でも同じようなメッセージがいたるところに潜んでいた。そして、60年代になって現れた“フラワー・チルドレン”たちも、空を漂うダイヤモンドの指輪をはめたルーシーに導かれ、「今、この瞬間を!」と叫んだ。
ところが、私にとって、「今」というコンセプトは、何の意味もなさない。「この瞬間」という概念もあまり意味をなさない。
もし、前後の文脈を無視して「今」というコトバを私が使うとしたら、それは「現在」という、あまりに漠然とした広義な「いま」、だ。
それは、「近い過去」や「それほど古くもない過去」を包括する「いま」だ。
そして「今」、ゆっくりとサミラ・マフラーミの住む古いアパートメントの階段を一段いちだん上っている私と、かじかむ手でこの雑文を書き散らしている「今」もまた、まったく同等の「今」、であることに気づく。
いまだまだ私には「今」といういまわしきコンセプトがいまいちわからないでいます。
こうしてまた意味のわからぬ徒然でチャイを濁してしてみる……
◆◆
そして、ベイルート市の場末に佇むアパートメントのひっそりとした階段を、のらりくらりでもなく、かといって私の靴底がその擦り減った階段の一段いちだんを正確に踏みしめるほどでもなく、
とある一段で、あるいは、
とある定められたかのような瞬間に、ふと、終わる。
筆者が付け加えなければならない点がひとつあるとすれば、荷物と、私が私であることを証明してくれる幾つかの便宜的で、使い捨てライターのようなIDや書類に関してだろうか。
それらすべてを私はこの建物に来る前、サミラ・マフラーミのひとり娘、ラネーム・マフラーミに預けてきたのは前に記した。そしてもし、私が24時間以内に戻って取りに来なければ、そのすべてを完全に破棄してほしいと頼んだことも。
「いま」、私の手元には彼女に預けたすべてが、そっくりそのまま私の目の前で、じんまりと、このかじかんだ指の動きをあざ笑っているかのように「在る」。
特に気に留めるほど不可解なことじゃない。
このベイルートでの潜伏取材において、その当初、あらゆる便宜を図ってくれ、貴重な情報を私に与えてくれた人物…… その献身的とも呼べるサポートぶりで、不可能かと思われた取材を幾つも成功させてくれた「協力者」…… 何週間ものあいだ音信不通になったままでいるサミラ・マフラーミ……
彼女が住んでいるはずのアパートメントの扉を、「今」、私はノックしようとしている。
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【少し長い補足】
いわゆる紛争地帯や戦場を取材する「ジャーナリスト」として、いつも世界中を飛び回って活躍したいと願う若者たちが――このニッポンというエリアに――私が想像していた以上に多くいることに驚く。
「ジャーナリズム」というものを漠然に教えるクラスが、教育機関の中にしっかり存在し、そこで多くの生徒さんたちが日夜学んでいるという事実にも驚いた。
私の場合は「ジャーナリズム」や「ジャーナリスト」というカタカナ単語を、たんに使いやすいから使っているだけで、じつのところその実態が何なのかわからない。
いや、かつては多少なりともわかっていた。
どんなコトバでも時代によって使われ方が変化してゆくのは当然だけれど、とりわけ「ジャーナリスト」などといったコトバは「メディア」だとか、「コミュニケーション」といったコトバと同じくらい、その使われ方や、意味そのものの変化が激しい。
そのあまりの移ろいやすさ故に、時に、存在しないものを指す特殊で少しばかし神格的なコトバとなったりする。または、「森羅万象」や「禅」といった定義不可能なコトバとしてお茶の間を混乱させる。
それを私は、ある種の特権的空虚、と勝手に呼んだりして愉しむ。
それがどうしたというのだろう……
◆◆
ひるがえって、この【ノーマンズランドの亡命者】の読者の中にもし、これから「メディア」と呼ばれる頽廃の中で、それもフリーランスのジャーナリストとして、おのれの能力を発揮させ、それを生業としたいと考えている方がたとしたら……
そんなことがないことを願っているが、筆者からの、あくまでも「常識」の範囲を出ない程度のアドバイスを僭越ながらに書かせていただこう。
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まず先に述べておかなければならない。
実のところ筆者は、なりたくて「ジャーナリスト」になった訳ではない。ジャーナリズムに関する専門教育も受けていないどころか、高校でさえ卒業してない。気がついたら、世界各国の難民キャンプや紛争地帯を取材し、記事を書いたりメディア関係者に情報提供したり、教壇に立ってアホウ面さげてああだのこうだのとブッたりしてきた。
もちろん、フリーランスで活動している以上、収入面からみれば、すこぶる不安定な仕事であることは変わらない。ただ、不安定といっても他のどのような職種と比べて「不安定」なのかは最近になってどんどんわからなくなってきている。もう少し正確にいうと、比較となる対象をどこに求めて初めて「不安定」なのか、がわからなくなってきた。
例えば似ているような職種で妥当なのは、いわゆる「社員記者」かもしれない。実際、国内外問わず様々な土地でかれらと出くわすし、取材対象も近いことが多い。ハタからみれば、同じようなことをやっているのかもしれない。ところが実際の仕事内容やモチベーション、そして仕事量となるとまったく異なる。リスクの度合いから取材時間に至るまでまったく異なる。共通している点は、ニッポンという国で普通に生活している方々があまり知ることのできない現実をリポートし、伝える、という行為だけかもしれない。
ここで、「伝え方」云々に言及してもしかたがないので割愛してしまうが、何をもってして「伝える」という行為をしているかが大切であるのは言うまでもない。
そもそもこの「職」に私自身がいまだ固執しつづけている理由は、単に、この世界を自分が住みやすくて、らく〜なところにしたい、という、それだけの理由だ。そんなセルフィッシュな考えが根底にある。
この現状より、もうほんのちょっとだけ平和になれば、もうほんの少しだけ分かり合えれば、もうほんのちょっとだけひととひととが苦痛や喜びを共有できれば、シェア出来れば……
……少なくともオレは、もうほんのちょっとだけ楽しく愉快に生きれる。
それが「ジャーナリスト」のハシクレとして、いまだ筆者があくせくしている理由だ。
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前置きが長くなってしまったけれど、国内であろうと海外であろうと「取材活動」を始めたいという方々にとって忘れてほしくないのは、崇高な使命感だけが先走ってしまうと、ジャーナリズム本来の仕事をこなす前に「失速」してしまうという現実……
少し肩の力を抜いて、たとえハタから不謹慎だと罵られようが、「自分がハッピーになるためにやってるだけさ!」と、しらを切るぐらいの図太さがあったほうがいい。
このスタンスは、何も「ジャーナリズム」などといった少々特殊な職業だけにあてはまることではない。どんなクリエイティブな仕事であろうと、この「余裕感覚」や「てきと〜に」がなければ長続きなどしない。
そんなふうに人前ではうそぶきながらも、常に小中学校で教わったはずの歴史や地理、文学や数学(!)をオサライし、近代史や世界各国のニュースに目を光らせ、最低でも主な宗教の聖典等(新約・旧約聖書やコーランだけでなく、タルムードや各ヴェーダも)一通り読んで頭に叩き込み、可能ならば英語以外のコミュニケーション・ツールとして、もう一言語はなんとかしておく……
こう書いてしまうと、とてもじゃないがそんなの無理!! と思われるかもしれない。でも、そう思うのが正解。当たり前である。ただ、社会、世界に対する問題意識が強ければ、どれから取り掛かるかによって芋づる式に次から次へと好奇心が好奇心を呼び、気がついたら連鎖反応を起こした知識欲に鷲掴みにされるはず。「どれから取り掛かるか」については、本能が教えてくれることだろう。
◆
ジャーナリストやクリエーターとして現在活動している人々の多くは、大抵、とびきりなキッカケや出逢いがあった、と語る傾向がある。でも、実際のところ、そんなものは後から強引にくっ付けた理由でしかなかったりする。あったとしても、かれらの多くは、その「キッカケ」や「強烈な出逢い」など、たぶん覚えてなんかいやしない。
もとい、もしあなたが「ジャーナリスト」の道を目指そうとしているなら、そして、さきほど列挙した項目などとっくに食い散らかしておられるなら、あとは旅に出るのみ。
そしてその荷物の中に、カメラやヴィデオ、テープレコーダーや携帯電話といったマシーンを、まかり間違っても混入させないことだ。最初はノートとペンだけを手に!!
出発までの数日間は、古今東西の詩や映画や音楽に身を浸し、筆者のようなジャーナリストからの助言はすべて無視しよう。
もし、目的地へのチケットさえ買えないほどあなたが経済的に困っていたら、売れるものはカメラでもパソコンでも何でも売ってしまおう。
もし、銀行などにそれなりの貯金があるあなたなら、全額おろしてどこかの慈善団体に寄付し、所持金の総額が数千円であることを確かめ、それに感動してみよう。
ジャーナリストになるのは、そんないつ帰国できるかさえわからない旅から運良く生還できてからで遅くない。
無事帰還できたのがたとえ出発して何年も後のことであろうと、きっとあなたはその間に最底辺を何度も味わい、精神的グラウンド・ゼロを何度も体験し、言葉も風習も日本とは異なる土地でどうにか仕事をし、なんとか生活し、狂おしいほどの恋をし、素敵な奇人変人たちを友にもち、あらゆる孤独を知り、病にうなされ、本当の苦しみや悲しみを知り、恍惚を知り、飢えを知り、渇きを知り、しかるべき時に本来の“おのれ”と出逢い、打ちひしがれ、そして立ち上がる術を身につけていることだろう。
カメラやそのほかの取材道具を持つのは、そんな旅のあとがいい。
そしてジャーナリストとして活動し始めるころには、旅の途上で必要に迫られて覚えた幾つもの言語や観察力や直感力が芳しく熟成され、醗酵され、反芻され、どんな「現場」に立とうとも、「何を」「どのように」視ればよいのか、みつめればいいのか、すくい取ればいいのか、伝えればいいのか、心得ているはず。
同時に、多くの特技も身につけていることだろう。
様々な楽器を自由自在に使いこなせたり、未知の言語を覚える過程の副産物ともいえる絵描写の技術。あるいは、唄や即興のダンス。
ひとは深刻な死活問題に直面したとき、思わぬ才能が自分自身にあることに気づくから。
それらに加え、例えば、
「ありがとう」を50の言語でいえる。
「愛してます」を数十通りの言語でいえる。
「あなた、美しい」を10ヶ国語でのうのうといえる。
ジャーナリストとして活動してゆくには、一見なんの役にも立たないであろうしょーもない“特技”でさえ馬鹿にできない。それが、時として、ほかのどんな知恵や知識を差し置いて「いのちづな」になることが多々あるから……
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【 次回の予告とお知らせ 】
約12回に渡ってお届けさせていただいた、この連載『ノーマンズランドの亡命者』。
今回の号で一端ピリオド。
「第二章」が始まるまで、しばぁらくの間、お休みです。
(その前に「番外編」を予定しておりますが……)
連載中、このコンテンツを「フィクション」と思って読まれていた方とお会いすることが幾度かありました。途中から読み始めた方々にその傾向が強く、連載当初から毎回かかさず目を通していただいていた“読者”の中にも、途中から「フィクション」として無意識のうちに読み進めていた、という方々も少なからずいました。
が、
最初に“誓った”ように、過去半年分の連載すべては、ひとりのジャーナリストが、あくまでも「ルポルタージュ」として記してきたものです。
この『ノーマンズランドの亡命者:第一章』は、実際に起こったことを基にデコレーションされたものではなく、実際に起こり、そして「起こっている」ことをそのままのカタチで逐一「報告」してきたものでした。
ただし、登場人物の幾人かは、本人の安全を優先させるため本名は伏せてあることをお知らせします。
◆
表題にある『ノーマンズランド(Nomansland)』は、もちろん英語で意味するところの「no-man's-land」です。
ただ、あまり辞書には載っていない本来の意味について軽く触れるのは、この連載が「ルポルタージュ」である以上、筆者の務めでしょう。
様々な使われ方がある単語ですが、今回のケースでは、国境と国境の間に横たわる緩衝地帯をもっぱら指しています。
例えば、ベルリンの壁があった頃、「壁」そのものは一枚ではなく、西側に面した壁と東側に面した壁といったふうに、ふたつの壁があり、その間には数十メートルの所謂「無人地帯」が存在していました。
もちろんベルリンの壁に限ったことではなく、国境を徒歩で越えたことのある方ならご存じでしょう。
ある国を出国したあと、その隣りの国に入国するまでに、時としてその土地がどちらの国に属するのかわからないほど長い距離を延々と歩くことがあります。それが、あまり関係のよろしくない国同士の場合、数百メートルもの国境緩衝地帯が設けられていたりします。
ノーマンズランドとは、単に「無人地帯」を指す言葉だけでなく、このように国境と国境の間に設置された空白地帯であり、また、分断された民族や家族を物理的にも精神的にも隔てるある種の虚無であり、もどかしさの象徴でもあり、同時に賄賂が飛び交い、あまたの不正が行われる死角であり、数多くの悲しき亡命者たちが残すドラマの舞台でもあるのです。
◆
筆者であるタケシ・トラバートは、かつて幾度か異なった名義で同じタイトルが附されたリポートや散文の類を、ウェブ媒体とは違ったところでしたためてきましたが、今回の連載でまた、ひさしぶりにそれを使ってみたくなったわけです。
筆者にとって、とても重要なテーマであり、また、長いあいだライフワークのように取り組んできたテーゼが、その空間に浮遊しつづけているからでしょうか……
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・INTERMISSION








